お盆と高校野球

小学生の頃には家庭が崩壊していたので、自分の食事は自分で作るのが私の日課だった。当時作れたのはラーメンやトースト程度だが。祖父も台所に立つ人であり、70歳近く歳の離れた男同士が黙々と食事をする朝を重ねた。月日が過ぎ高校二年の夏。祖父は私の作った料理を食べつつ急に自らの青春を語り始めた。雄弁な祖父をみたのはその日が最初で最後だったが、直後に死んだことを考えると誰かに自らの青春を伝えたかったのだと思う。祖父も死に、更に月日が経ち私は生物学的に子も孫も持てぬ身となった。ちょっと残念だが、これでいいのだとも思う。