読書と散歩

そのまんま。

1月の読書メーターまとめ

2017年1月の読書メーター
読んだ本の数:36冊
読んだページ数:8232ページ
ナイス数:593ナイス

書国探検記 (ちくま学芸文庫)書国探検記 (ちくま学芸文庫)感想
1930年代生まれの方が書いた読書論には、読む本を選ぶ余地などなく何語で書かれてようが手当たり次第読んだ、という共通項があるような気がします。昭和20年秋、二種類の本しか置いてない闇市の露店で本を他の客と奪い合う冒頭から、本を読みたい、でも無い!という渇望が伝わってきます。本を読まなくても、相手の顔色とか株式市場の変動とか、人はみんな何かを読んでいるのだという『読まないことの援護』、高野悦子らの青春日記を「いつまでも自我をおもちゃにしていると死にたくなってくる」と突き放す『他人の日記』が印象に残ります。
読了日:1月31日 著者:種村季弘
コミュナルなケータイ―モバイル・メディア社会を編みかえるコミュナルなケータイ―モバイル・メディア社会を編みかえる感想
NTTドコモが2004ー5年に行った共同研究をまとめたもの。日本はケータイでしかネットにアクセスしない人が多数なのでネットの使い方が狭い、匿名文化で現実社会と断絶していると書かれてますが、比較相手のアメリカで大統領が暴言をつぶやきまくる今日、名を名乗る文化が果たして素晴らしいのかどうか。この共同研究の眼目とされるワークショップ『カンブリアン・ゲーム』も、いかにもアーティストと大学の先生が(こういうの新しいでしょ?)とやりそうな寒々しさ。カンブリア爆発、意図して出来るもんじゃないでしょ。神様じゃあるまいし。
読了日:1月30日 著者:水越伸
音の糸音の糸感想
クラシック音楽を巡る随想。大きなオーディオ・セットが学校の教室に鎮座し、NHKーFMで流れるコンサートをカセットに録音して楽しむことがよく行われていた(その為の雑誌まであったものなあ・・・)70年代後半から80年代前半に、著者が聴いていたレコードの演奏者や指揮者。その音やレコード・ジャケットからあちこちへと連想が飛び、糸のように著者の記憶が辿られていきます。高橋アキの演奏を聴いた日のお話と、吉田秀和とのエピソードが印象的でした。
読了日:1月29日 著者:堀江敏幸
ル・クレジオ、映画を語るル・クレジオ、映画を語る感想
映画論であり、自伝にもなってます。現在70代以降の方々って、映画を浴びるように観てる方が多いですね。若くてお金無かったろうにどうしてそんな生活出来たの?と思うのは私だけじゃないようで、今と違って安い料金で一日に何本も観れたのだと一章を割いて語られています。コミュニティにおける、映画館のメディアとしての役割が今と違ったんでしょうね。小津や溝口のような日本映画も取り上げられますが、インド・イラン・韓国の映画も同じぐらい、もしくはそれ以上の熱さで語られています。映画と本の違いについては、本は自由だ!と。まさに!
読了日:1月29日 著者:ル・クレジオ
Complicated Game: Inside The Songs Of XTC (English Edition)Complicated Game: Inside The Songs Of XTC (English Edition)感想
XTCのアンディ・パートリッジがこれまでの作品について語ったインタビュー集。自分でも「僕は我が強い」と言ってる通り、プロデューサーと喧嘩し続けバンドメンバーが次々と去り、そしてアンディ以外誰もいなくなってしまったのもこれじゃあ無理ないなという気がするワンマン社長なエピソード満載です。曲作りについては真摯に語っていて、リズムパターン・メタリックな音像・コードについてのこだわりは流石。"This is pop"の出だしのコードの元ネタはやっぱアレであったか。最近は100年前の音楽へと遡っているそうです。
読了日:1月29日 著者:AndyPartridge,ToddBernhardt
市川さんぽ市川さんぽ
読了日:1月28日 著者:
小さきものの声小さきものの声感想
昭和25年、ジープ社発行。装丁は青山二郎。小学校教員を読み手に想定した文章を中心に編んだとのこと。子どもが入学以前に身につけたものの大切さを伝えたかったようですが、「教育はもつと積極的に、陶治の任を果すべき」と長男の受け持ち教員に批判されたそうです。七夕や雛祭りの夜、子ども達が家々に押しかけ炒った豆や餅を貰って歩いた習俗を、教育者や親が止めさせてしまったと嘆く『神に代わりて来る』が一番面白かったです。大丈夫、ずっと後にケルトの習俗輸入する形で復活しますよ!とお伝えしたい気分になりました。
読了日:1月27日 著者:柳田國男
写真集 昭和の肖像〈町〉写真集 昭和の肖像〈町〉感想
小沢昭一の生前より企画されていた写真集を、没後に刊行したもの。撮影時期は1970年代。前半は都内、後半は日本各地の写真。前半に収録された品川(おそらく北品川)や池上線沿線の写真は、まさに子どもの頃歩き回ってた路地の光景そのもので、ぐらっときます。まだのどかな商店街だった頃の渋谷の街並みも見覚えあるなあ。この著者なので色街の写真もいっぱい載ってますが、その路地裏で遊ぶ子ども達を撮っているのが小沢昭一的こころだあ!なのかな。
読了日:1月26日 著者:小沢昭一
クマグスの森―南方熊楠の見た宇宙 (とんぼの本)クマグスの森―南方熊楠の見た宇宙 (とんぼの本)感想
十年前にワタリウム美術館で開かれた熊楠展の図録として出版されたもの。当時、ロンドン抜書の実物を目にして震えました。森羅万象を記録するという彼の夢はそもそも実現不可能であり、本人も13歳にして気付いていたらしいことがちらっと書いてあります。普通は自分の専門分野を決め対象を絞っていくものですが、それでは満足できなかったのでしょう。故に牧野富太郎などから侮蔑されることになったものの、抜書や標本の写真を見てると、この人にとって記録することは快楽であり記録の範囲を狭めるなんて論外だったのだろうという気がしてきます。
読了日:1月25日 著者:
「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学 (ちくま新書)「わかる」とはどういうことか―認識の脳科学 (ちくま新書)感想
神経内科の大御所による一般向け概説書。目に見えない障害であるがゆえに非常に理解しにくく、また説明しにくい高次脳機能障害。ほぼすべて仮説にとどまる分野なので人によって症状の解釈が異なるし、エビデンス重視の現代医療に馴染まないこの厄介な領域。著者は講義のわかりやすさに定評があり、この本でも専門用語を平易なことばに置き換えて丁寧に説明されています。ご本人ご家族に染み込むのはこういう説明でしょう。高次脳を専門としないコメディカルにも受け入れられやすいと思われます。臨床家たるものこうありたいと、ただただ敬服です。
読了日:1月25日 著者:山鳥重
日本の「アジール」を訪ねて: 漂泊民の居場所日本の「アジール」を訪ねて: 漂泊民の居場所感想
ハンセン病の方やサンカと呼ばれた人々が住んでいた「セブリ」(臥せるを転倒させた隠語とのこと)を訪ね歩いた記録。福島県浜通りあべのハルカス付近・吉見百穴・千葉の手賀沼など、各地のセブリとそこで暮らしていた人々の営みを辿ろうとされています。かなり激しい宮本常一批判や三角寛批判を含みます。その批判が妥当かどうかは自分の中で保留にしておこうと思います。小説が時として差別を助長させてしまうことも五木寛之などの名を挙げて述べられています。ある種のフィクションが撒き散らす偏見、それにのせられないように心がけたいです。
読了日:1月24日 著者:筒井功
痕跡本の世界: 古本に残された不思議な何か (ちくま文庫)痕跡本の世界: 古本に残された不思議な何か (ちくま文庫)感想
古本屋さんが、前の持ち主の「痕跡」が残された古本について書いたエッセイ。こういうエッセイは茶化して笑いをとる図式に陥ることが多い気がしますが、この著者は前の持ち主達に敬意を持ってお書きになっています。古本屋さんで買った本に昔のスタンプが押されていたり、前の持ち主の書き込みがあったりすると妄想が広がる性分なので、ああわかるなあと思うところが多かったです。印象的なのは、約半世紀前の書き込みの主に会いに行くエピソードと『読んでない本大賞のこと』。あえて読まないままにした本、うちの本棚にもあります。
読了日:1月23日 著者:古沢和宏
(116)死に逝く人は何を想うのか 遺される家族にできること (ポプラ新書)(116)死に逝く人は何を想うのか 遺される家族にできること (ポプラ新書)感想
米国認定音楽療法士が、死を迎える方々のご家族に向けて書いた本。沈黙は本人と家族双方が気持ちを整理する為に必要な時間、セラピーにおいて大切なのは結果ではなく過程、など、共感出来る箇所が多いです。一方で、欧米諸国では焦点はあくまで患者さんなのに日本では家族が後悔しないことに主眼が置かれている、驚くべきことだと書かれてますが、仮に著者の仰る通り日本独特の傾向だとしても、それが問題だとは私は考えません。また著者は患者さんという表現を使われてますが、特に「認知症を患う」という表現には非常に強い違和感を覚えました。
読了日:1月23日 著者:佐藤由美子
見世物大博覧会見世物大博覧会感想
民博と歴博が連携して開催した特別展の図録。「見世物になる」という表現のように否定的な捉え方をされがちな見世物の歴史を捉え直す試み。カラダ・トコロ・モノの三つの観点から照らし出すことで、諸芸がどのようにその時代の人々を惹きつけたのかが判ります。明治維新後に見世物の一部の要素が動物園や博覧会・学校教育といった公的な仕組みへ展開した一方で、収まらない部分が祭りの小屋や寺山修司・見世物師の子孫を自認する宮﨑駿まで繋がっていく流れが把握出来ました。網野善彦小沢昭一の遺した論考を、これをふまえて再読したいです。
読了日:1月22日 著者:国立民族学博物館
シャーロック・ホームズの記号論―C.S.パースとホームズの比較研究 (同時代ライブラリー (209))シャーロック・ホームズの記号論―C.S.パースとホームズの比較研究 (同時代ライブラリー (209))感想
C.S.パースが提唱した、演繹法でも帰納法でもない仮説の導き方であるアブダクションについて、ホームズとの比較で優しく説明してくれる本。パースとホームズ(というかコナン・ドイル)に共通するのは医学のバックグラウンドであり、その本質は当て推量である、当て推量はいいかげんなようで、実は無意識の内に関係性を知覚しているのであると述べられます。ドイルの師であるベル博士の問診場面が例として引用されてますが、博士と患者さん達とのやりとりはホームズが依頼人と交わすやりとりそのまんまで、当て推量の凄味を感じさせてくれます。
読了日:1月21日 著者:T.A.シービオク,J.ユミカー=シービオク
社会的協力論―協力はいかに生成され、どこに限界があるか (放送大学大学院教材)社会的協力論―協力はいかに生成され、どこに限界があるか (放送大学大学院教材)
読了日:1月20日 著者:坂井素思
社会契約論 (白水Uブックス)社会契約論 (白水Uブックス)感想
必要に駆られ再読。学部一年生の頃興奮しながら読んだ記憶がありますが、改めて読んでみると手強いです。本論考の支柱である〈一般意志〉ですが、一般意志とはなんなのか明確な説明はされてない気がします。それっぽい箇所はありますが判じものみたいな文章で、これが正解という解釈を拒む書き方だと感じました。古い法律に人々が敬意を払うのは古さそれ自体のためとか、同時に二つの法体系・首長・祖国を与え矛盾した義務に従わせる宗教の例として日本が名指しされるなど、こんなこと書いてあったんだという発見もありました。
読了日:1月16日 著者:ジャンジャックルソー
河鍋暁斎 暁斎百鬼画談 (ちくま学芸文庫)河鍋暁斎 暁斎百鬼画談 (ちくま学芸文庫)感想
某所で偶然観た『暁斎百鬼画談』をじっくりみたくて借りてきました。図版と小松和彦安村敏信・岡島奈音の解説付き。三者とも解釈が微妙に異なるのが面白いです。文明開化を挟んで活躍したことが後に忘れられる原因となった、妖怪画は彼の画業を知るほんの入り口に過ぎない、というのは意見一致してるのかな。先日の大妖怪展で観ることの出来た真珠庵本や歌川国芳の妖怪図もモノクロながら図版が収録され、照らし合わせる楽しみ方も出来ます。Bunkamuraで近々暁斎展をやるようなので、妖怪画のその先はそこでじっくり楽しむつもりです。
読了日:1月15日 著者:安村敏信
黒い花びら黒い花びら感想
『黒い花びら』を歌った水原弘の評伝。子どもの頃親にスナックなどに連れてかれると、よくこの曲がかかってました。酒や化粧の臭いが気持ち悪くて早く帰りたかったものです。水原弘という人はまさにそういうスナックやキャバレーでだらしなく豪遊し莫大な借金と酒の飲み過ぎで自滅した、ダメな意味の昭和の男だったようです。村松さんは「うっとりとするような無頼との道行」と結んでますが、そんないいもんじゃないと思うな。ただ確かに『黒い花びら』という曲と彼の生き方には毒気と熱気があり、今もカラオケで歌い継がれるのも解る気がします。
読了日:1月15日 著者:村松友視
川島雄三 乱調の美学川島雄三 乱調の美学感想
三橋達也のインタビュー・今村昌平のエッセイその他と、各作品の簡単な解説及び川島自身のコメントをまとめた本。なぜそこまで自己破壊に繋がる選択肢に突き進むんだ?という痛々しさと、かっ飛んだやけっぱちの笑いの両方を彼の作品には感じますが、私生活でも自分も周囲も傷つけつつ行き止まりに向かって突き進んだ人なのかなと感じました。殆どの自作に対し自嘲的なコメントをしていますが、絶対の自信を持っている作品が数作あったことも判ります。
読了日:1月14日 著者:カワシマクラブ
野にありて 目 耳をすます―姫田忠義対談集〈2〉野にありて 目 耳をすます―姫田忠義対談集〈2〉感想
民族文化映像研究所で記録映画を取り続けた姫田さんの対談集第二巻。焼畑が頻繁に取り上げられます。自然はかわいいものだといわれるけれどもとんでもない、恐ろしいものだぞ、その自然とどう共存する?というのがテーマかなと感じました。一番良かったのはC・ダグラス・ラミスとの猿まわしをめぐる対談『野生をどう見るか』。サーカスの猿芸と猿まわしの比較からルソーの自然人まで話が広がります。赤坂憲雄との『生きることの実相』の、川を媒介に山と海とはいくらでもひっくり返るという指摘もなるほどなあ。勝手に人間が分けてるだけですよね。
読了日:1月14日 著者:村上兵衛,本多勝一,桜井徳太郎,佐々木高明,C.ダグラスラミス
21世紀メディア論 (放送大学大学院教材)21世紀メディア論 (放送大学大学院教材)
読了日:1月14日 著者:水越伸
認知症の人の摂食障害 最短トラブルシューティング  食べられる環境,食べられる食事がわかる認知症の人の摂食障害 最短トラブルシューティング 食べられる環境,食べられる食事がわかる
読了日:1月14日 著者:
kotoba(コトバ) 2017年 冬号kotoba(コトバ) 2017年 冬号感想
蒐集家特集。『なぜ集めるのか』『パブリックな収集』『個人の愉しみ』の三部に分かれています。どちらかというと興味を惹かれるのは極私的なコレクション。それも、財力にものをいわせて集めたようなものではなくて生活と一体化しているコレクションが味わい深いと感じます。荒俣宏ヴァルター・ベンヤミンジョゼフ・コーネルといった方々のコレクション論を読んでいると、物品を集めているようでイメージを集めているようでもあり、生きること=集めることのような気もしてきます。池田文痴菴の書いたもの、いつか読んでみたいな。
読了日:1月13日 著者:
ロマノフ王朝展ロマノフ王朝展感想
東洋文庫ミュージアムで開かれている展覧会の図録。歴史の表舞台に立った人達よりは普通の人達の歴史に興味があるので、皇帝達よりも大黒屋光太夫などの漂流者や、民族誌・博物誌に描かれた人々、それを書き残した学者達に惹かれました。展示されていたジュール・ベルヌ『ミハイル・ストロゴフ』、装丁めちゃくちゃ格好良かったので、写真載ってないのが残念。
読了日:1月12日 著者:斯波義信
風土記の世界 (岩波新書)風土記の世界 (岩波新書)感想
現代に伝わる各国の風土記をどのように読めば楽しいか、著者は様々な提案をしてくれます。古事記日本書紀との性質や成立年代のずれ。その三作品におけるヤマトタケルの描かれ方の極端な違いから見えてくるもの。共同体の記憶を口承で守っていた語り部達と、歴史の文字化が始まっていた時代に稗田阿礼が置かれていた微妙な位置。神も天皇も下がかった笑い話の登場人物にしてしまうところからうかがえる、地方が抱えるヤマト王権への反抗心。散逸した上総国風土記への著者の想いや妄想も浪漫溢れてて、千年以上前の風景が目の前に広がっていきます。
読了日:1月9日 著者:三浦佑之
東京骨灰紀行東京骨灰紀行感想
両国・浅草橋・千住・谷中・築地などをぶらぶら歩く紀行?文集。両国の回向院に立ち並ぶ墓碑の解読に始まり、この東京の地下に震災や戦争・罪人や遊女など数多の死者の遺体が眠っていることを、著者は町々の隅にある記念碑や墓を見つけ出しては示してくれます。地下鉄を掘れば骸骨がざくざく出てくるような土地の上に我々は暮らしている。そのことが繰り返し述べられた後、ぐるりと散歩した著者は再び両国に帰ってきます。そこで上空を見上げつつ、東京骨灰紀行はスケール大きく総括されるのでした。
読了日:1月8日 著者:小沢信男
姫田忠義対談集〈1〉野にありて目 耳をすます姫田忠義対談集〈1〉野にありて目 耳をすます感想
『奥会津木地師』などの記録映画を撮った姫田さんの対談集。対談が行われたのはバブル絶頂期〜弾けた直後まで。清水眞砂子さん(『ゲド戦記』訳者)のパソコンやテレビゲームにより皮膚感覚が失われているのではいう発言ほか、昔は良かった的な主張がちらほらありうーん・・と思うところも。とはいえ読み応えある対談集です。網野善彦さんとの対談は竈神の話から金融の発生へと話が広がりワクワクします。原ひろ子さんとの対談では、社会が死にゆく人を子どもから遮断しているという指摘がされていて、本当そうだよなあと思います。
読了日:1月6日 著者:網野善彦,祖父江孝男,佐藤忠男,清水真砂子,須藤武子,姫田忠義
世界の辺境とハードボイルド室町時代世界の辺境とハードボイルド室町時代感想
ノンフィクション作家と日本中世史が専門の方の対談。よその国のことを辺境というのにはためらいを感じてしまいますが、日本が中華文明圏の辺境というのはしっくりきます。お米、犬、台所、読書などをテーマに日本中世やアジア・アフリカ各国の人々の暮らしが語られます。「お国のために」は思考を停止させる言葉という指摘に納得。自国の過去や現代の他国の社会を知ることで、自分の生きている社会を相対化することはお二人が仰るように大切だし、なにより楽しいですよね。清水さんの、師匠にあたる方々との出会いの話、とても素敵でした。
読了日:1月3日 著者:高野秀行,清水克行
ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い一〇分間の大激論の謎ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い一〇分間の大激論の謎感想
1946年ケンブリッジで行われた討論会でゲスト講演者のポパーに対しウィトゲンシュタインが暖炉の火かき棒を振り回したという。その詳細は?というノンフィクション。出自など二人の違いが散々列挙された後、本の後半になって「そうした諸々の要素を考えなくても」って・・哲学と言語についてのウィトゲンシュタインの考えを攻撃しようと準備していったポパーに対して激昂しやすい人が案の定激昂したというだけのような気がします。鮮烈さゆえに伝説化したのでしょうが、そんなに意味のあることかなあ。二人それぞれの考え方自体は面白いです。
読了日:1月3日 著者:デヴィッドエドモンズ,ジョンエーディナウ
酒の肴・抱樽酒話 (岩波文庫)酒の肴・抱樽酒話 (岩波文庫)感想
昭和20年代に還暦を迎えた中国文学者の、お酒にまつわる随筆集。当時贅沢をしていた訳ではなく、食いつなぐのが精一杯の中、和漢の古典に記述された食のイメージを楽しんでたようです。中国の詩人ってなんでも韻文にしちゃうようで、蘇東坡はトンポーローのレシピを、陶淵明は禁酒の誓いを詩にしてて、立派な詩のようで書いてることはただ「もう酒やめる」だけだという、、どこまでマジメにやってたのかなあ、これ。文化14年両国で行われた酒飲みと甘党の争いの記録も、ホント下らないけど面白いです。下関出身の方ゆえ、河豚への言及多め。
読了日:1月2日 著者:青木正児
下流老人 一億総老後崩壊の衝撃 (朝日新書)下流老人 一億総老後崩壊の衝撃 (朝日新書)感想
新書とはいえ社会福祉概論としても十分な内容。施設や病院の提供するサービスはタダではありません。職員は上層部から常に実施件数やどれだけ加算を取ったかを問われています。一方で高齢者側からすれば生活は介護や医療だけで成り立っているわけではありません。制度を使ったとしても、生活は健康面を最優先で成り立つものとは限りません。それに使うお金があるならなぜ?という経験は枚挙にいとまがないです。でも消費行動とは本来不合理なものでしょう。自立している人などいない、関係性の貧困の解消をという著者の意見に賛成です。
読了日:1月2日 著者:藤田孝典
この道、一方通行 (始まりの本)この道、一方通行 (始まりの本)感想
知り合いの女性への片想いとコミュニズムへの関心を一方通行の道にたとえています。その道を歩きながら、街中で繰り広げられる光景をメモ書きしたような断章がずらっと並んでいます。カフェ、ビアホール、子供達。どこまでが現実の光景でどこからがこの人の思索なのかその境が曖昧で、混じり合ってる感じの文章です。読んでいると、街の様々な目映いイメージが浮かんできます。翻訳された方のこだわりの影響もありそうです。
読了日:1月2日 著者:ヴァルター・ベンヤミン
「伝える」ことと「伝わる」こと―中井久夫コレクション (ちくま学芸文庫)「伝える」ことと「伝わる」こと―中井久夫コレクション (ちくま学芸文庫)
読了日:1月2日 著者:中井久夫
シャボテン幻想 (1983年)シャボテン幻想 (1983年)感想
明治34年生まれの小説家・サボテン愛好家が70代の時に書いた随筆ともなんとも言えぬ本。サボテンについての薀蓄を傾けつつ話はインカ帝国やアリゾナへ跳び、猥談を挟んだかと思ったら急に人類の未来への諦観を延々演説するという感じ。どうも文壇からは戦前に排除された方のようです。こういうおじいちゃん、いたなあ。「あの家には行っちゃいけません!」と親・教師は警告する家に子供達だけでこっそり遊びに行って、喋りまくるスゴイおじいちゃんのお話を庭でみんなで聴いてる感じ。今度国立科学博物館に行ったら、サボテンの絵を探さなきゃ!
読了日:1月1日 著者:竜胆寺雄
折々の民俗学折々の民俗学感想
高知新聞に一年間連載されたエッセイを纏めた本。著者は高知出身だそうですが市川市在住らしく、東葛地域や東京城東地区の話題もちらほら。節分・蚊帳・鮎釣りなど四季折々の話題が綴られます。一番気になったのは、会話中同時に同じ言葉を発した時の習俗を考察した『同時に同じ』。「『ハッピーアイスクリーム』と先に言って、相手の体に触れるとアイスクリームをおごってもらえる」のが今の都内の大学生の習俗らしいです(おじさん初耳です・・)。同じような習俗は以前から各地にあったらしいとのこと。これ、もうちょっと詳しく知りたいな。
読了日:1月1日 著者:常光徹