翳りゆく部屋

今朝のラジオで『翳りゆく部屋』が流れていた。私はドアを開けて出ていった側である。この歌では去った者の気持ちは描かれず、部屋に残った側の気持ちのみが歌われる。二人が遠ざかった理由は、我々の場合には例えば相手の酒癖だったが、人それぞれであろうものの歌の題材としては汚れすぎている。別れの場面のみを歌にすると一見きれいに聴こえるので、商業音楽としてはそれが無難な戦略だろう。しかし荒井由実時代の曲はプロコルハルムやザ・バンドっぽいバッキングがすばらしいなあ。

翳りゆく部屋/ベルベット・イースター

翳りゆく部屋/ベルベット・イースター

お控えなすって。

「絶対一人っ子だと思ってた」と上司に言われた。おあいにく様。こちとらどこに出しても恥ずかしい兄である。いつかお前の喜ぶような偉い兄貴になりたくて。目方で男が売れるならこんな苦労もかけまいに。達者でいろよ!

毎日が「はじめまして」。

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

高齢者施設で働き始めてから二十年近く経つが、敬老の日の面会者が年々減っている気がする。今日は、もし昼御飯が赤飯で無ければ、もはやなんの日かわからないくらい面会者はいなかった。私は祖父祖母を二十代前半までに全員失った。もっと生きててほしかったが、私は遅く産まれた親の、さらに遅く産まれた孫であり、早い別れは仕方なかった。だから思うのである。会えるうちに会った方がいいですよと。

そういう意味のコミュニケーション能力ではない。

医療業界は体育会系気質である。リハ業界は更にその傾向が強い。一方、私は根っからの文化系であり、体育会系の風習に染まるのは死んでも嫌である。連中に屈服するくらいなら、この業界を去る。頼むからコミュニケーションを体育会系の思考で語らないでくれ(レイモンド・カーヴァー風に)。


9-11

9・11の時に彼が間髪を入れずに『アメリカに報復する資格はない』と言い切ったことをきっかけにChomskyを知りました。その後言語学について学ぶなかで私はどっちかというとLakoffの立場に親近感を覚えるようになりましたが、あの時のChomskyの躊躇いのなさは素晴らしいと今も感じます。

9-11 1st (first) edition Text Only

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